「暗黒卿クロエ」
モキュメンタリー日和⑧
「暗黒卿クロエ」
やぁ、僕はPEOPLE。
5人いる。分身スーパー探偵さ。
<前回までのPEOPLEは>
なんと僕を暗殺しようとしていたのは助手のトモロウ君だった!しかも黒幕は僕の元フィアンセのクロエ!だから僕は、身体は大人、頭脳は子供、分身スーパー探偵PEOPLEとしてここ、アメリカ西海岸の小さな街、リトルトーキョーで黒の組織と戦っている。
思うんだけどさ、名探偵コナンって読者には絶対に犯人解んないよね。謎解き中に「それ知らんがな」って情報が平気で出て来るし。金田一少年と違って、謎解きのヒントを全て開示しないってゆうかさ。それに犯人がシルエットだけの時と謎解き後ではあからさまに体型違ってたりするし。あと多分あの世界では既に1000人ぐらい死んでるわけだろ?冷静に考えてヤバイよな、倫理観狂ってる。コナン君て殺人事件製造マシーンみたいなやつだよ。
僕がそんなことをボヤいていると、クロエはこう言った。
「そこが良いのよ。読者はコナン君と共に謎解きを楽しみたいのではなくて、右から左へ流れていく定番のカタルシスを眺めていたいだけなのよ」もう5年も前のことだ。頭の良い女性だった。
「あたしね、コナン君を小さくした薬を作るのが夢なの。それを日本中にバラ蒔いて年金問題を解決したいの」そして少し変わっていた。
彼女は科学者としても非常に優秀で、人体にも食品にも全く害が無く、かつ非常に強力な農薬を開発してノーベル賞は確実と言われていたが、実験過程で8種類の昆虫と3種類の菌類を絶滅させていたことが発覚して取り消しになった。一途と言うか、加減が出来ないというか、非常に極端なタイプなのだ。
歩けない老人に車イスをプレゼントする筈が、いつの間にか足をブッた切ってキャタピラに付け替えてしまったこともある。彼女の祖父の足を、だ。
スーパーで見た大クワガタが名前ほど大きくないのを不憫に感じて、遺伝子をいじくって人間くらいデカくしてしまったこともある。うん、まぁとにかくマッドなサイエンティストだ。
彼女なら、何かに思い詰めて僕の暗殺を企む可能性は十分にあり得る。なんとかして身を守らなければ。
僕は研究所の所員達とクロエ対策会議を開いた。
そしてまずはクロエという名前がなんとも危機感が薄いので、より凶悪な名前に改名して危機感を煽ることにした。ヴォルデモートとかダースモールみたいなおぞましい名前が沢山出たが、5時間に及ぶ会議の末に決まったのは「暗黒卿クロエ」だった。
これは“恐ろしい雰囲気の言葉とあまり怖くなさそうな言葉を並べると逆に怖い感じになる理論”を使ったネーミングだ。例えば「人食いチワワ」とか「切り裂き団地妻」とか。高レベルな使用法としては「よく指を切るシェフの気まぐれメニュー」とか「殺人おばあちゃんのぽたぽた焼き」などもある。みんなも暇でしょうが無いときに試してみてほしい。
そこで今日の会議を切り上げ、みんなで帰り支度をしていると、突然、激しい振動と轟音に襲われ、ラボの壁が爆散した。
僕はその衝撃で一瞬気を失ったようだが、分身達に起こされて辺りを見渡すと阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
ラボの壁がゴジラにぶち破られたみたいに半壊し、スタッフ達は悲鳴をあげて逃げ惑い、飛び散る破片で身体を打った者や、血を流すものもいた。
そしてもくもくと上がる土煙の中に、巨大な影をみた。おじいちゃんだ。おっきいおじいちゃんがいる。下半身がキャタピラになってる、バカでかいおじいちゃんがいる。
僕はすぐさまピント来て「ジGタンク」という名前を思い付いた。「ちょっとみんな、すごく良い名前思い付いた!このでっかいおじいちゃんの名前!ねぇちょっと聞いてよ!」しかし研究所のみんなは逃げるのに必死で全然話を聞いてくれない。ジGタンクは凄まじい破壊力でどんどんラボを破壊していく。
「暗黒卿クロエの差し向けた刺客だ。あのおじいちゃん、よく見たら完全にクロエのおじいちゃんだぞ!」「あいつめ、いよいよおじいちゃんをでっかくしちまいやがった!」
「何か対抗できる武器はないのか!?合体して巨大ロボになるような車とか!?」「そんなもんあるわけ無いだろ!」「いや、待て!」分身の一人が言った。「おっきくても、おじいちゃんはおじいちゃんだ。ちょっとボケちゃってるだけだ!」
その声に呼応するかのようにジGタンクが叫ぶ。「メシハマダカイナァーーー!」
「ここは俺に任せろ!」分身はそう言うとジGタンクの肩によじ登っていって、耳元で囁いた。
「ご飯さっき食べましたよ、もう遅いから寝ましょうねー」するとジGタンクはピタリと静かになった。その肩の上で分身が叫ぶ。「俺はこのまま、このおじいちゃんのことをずっと、24時間介護する!みんな、後はまかせたぜ!」
そしてジGタンクと分身は山へ芝刈りに出かけ、戻らなかった。
クロエはいつも言っていた。
「年金払いたくない。少子化のこの時代に、絶対に私が受け取れる年金なんてない。無いに決まってる。年金払いたくなぁーいい!!」
その言葉を思い出しながら僕はラボのみんなと、倒壊したラボを見つめていた。
全てを粉々に破壊して消えていったあのジGタンクは、現代日本が産み出した嘆きの象徴ではないだろうか。そして、抗うのではなく、何か別の解決策を見つけなければいけないのだろう。
そして僕はまだ何も知らない。クロエ、お前何考えてンだよ、ラボブッ壊しちゃって……まじで困るわぁ。
そして年金、払っているかいクロエ?
僕はPEOPLE。
残り4人。
年金は一人分しか払ってない。
次回のPEOPLEは
「探偵ナイトサあーフ」
お楽しみに!